本を貸す

人に本を貸すのはホントに難しいことだと思っていて。音楽ならまだ、何かの作業中に流しておくことも出来るし、今だったらパソコンに落として、後で楽しんだりというのもあるけれど、本って時間を割いて読まないとならない。
食べ物に近いかと思う。好き嫌いというか、好んで食べたいかどうかは本当に人それぞれ。おなかいっぱいのときにはいらないし、無理しても入らない。ワタシが栗とかピスタチオが大好きだからと云って、もしくは甘辛い味付けが大好きだからとかで、そればっかり勧められたって、相手にとっては迷惑この上ないことでしょう。本や作家について話すのは、誰かと、どんな料理が好きかっていう話をする分には楽しいのと似ていて、それは好き。よくする。知ってる作家だったら、どんなところがどんなふうに。知らない作家だったら、興味津々に、そのどこが味わい深いのかを聞き出す。でも借りるとなると躊躇する。楽しんで読まないと悪いかな、などと余計なことを考えるので。たいがい、そういうのは杞憂に終わって、素で楽しめることが殆どではあるんだけど。
先日、ゴハンの席で本の話になって。久しぶりにいろいろ。最近はまっている池澤夏樹についてや、ワタシ的三大作家である川端康成村上春樹コナン・ドイルについてや、無人島に持っていく一冊だとか、先方が好きだという村上龍etc.のことや、漱石や谷崎を原語で読める幸せについて。
話を通して、川端康成はあまり読んだことがない、という相手に、何か一冊、という流れになった。ワタシが結構好きなのは「古都」「たまゆら」「虹いくたび」など京都が舞台の数編や「山の音」あたりなのですが、ここは谷崎潤一郎が好きだというのにあわせ、耽美な雰囲気漂う「眠れる美女」を。
でもこんな場合であっても、そもそも話の流れで貸したつもりだったけれど、おたおたしているワタシもいる。読む暇があるのか、ありがた迷惑だったかな、とか、考え始めるときりがなく。どうか無事に帰っておいでよ、と新潮文庫のあの青い本に呼びかけたい気分で、思わずこんなところにつぶやいてみている。