遊覧日記/武田百合子

ISBN:4480026843
武田さんが、娘の花さん(文中では「H」)を連れて、ふらりふらりと出かけた様子を綴ったエッセイ。写真を花さんが撮っている。代々木公園だったり、不忍池だったり、花屋敷だったり、京都まで足を運んだり。
隅田川で桜を見る話。きっかけがかわいい。花さんが友人とお弁当を買って出かけ、屋形船には乗れないけれど、見ているだけで面白い…というような話を聞いて、「それなら、あたしだって、その情緒に浸ってみたい」と思う。

二日経った夕方、お弁当箱に御飯をつめ、卵焼ととりのから揚げを作り、そこへ出かけた。地下鉄終点浅草駅を上ったところの松屋で、四種類の精進揚げと魚フライと缶ビールを買い足す。吾妻橋を渡って行くとき、何だか急に眠たくなってきて、靴が脱げたりする。その靴をはき直していると、言問橋の方から、まだ灯りをつけない屋形船がすさまじい速力で下ってくる。舳先に黒紋付(らしい)羽織の正装和服姿の頑丈そうな女が、向かい風に結いふくらませた髪を乱し逆立て、そばに男の子をつれて仁王立ちになっている。酔っぱらってるらしく顔が赤い。屋形の中に、お膳を囲んでいる数人の男が見える。あ、もう飲んでる。

なんだかこのくだりがとても好きでした。桜の季節が楽しみ。
あと、京都に出かけ、女学校時代の恩師に案内してもらう話の最後に、花さんが怒るところ。あれがねえ。なんか、ワタシも母親に言いそうなことなんだもの。母と娘の関係って、こんなだなあ、としみじみ。