私小説 from left to right/水村美苗

私小説 from left to right (新潮文庫)
最大の特徴は「横書き小説」であるということ。最近どっかの怪しいワカモノ向け作家もやっていたけど、こちらはとにかく英文混じりの文章なので必然的にこうなっている。いや、英文混じりの日本語で書くこと、を強い思いで選択したことは、読んでみるとよくわかる。一ヶ所、芥川の「舞踏会」(だっけ)を引用するところで、ゆらめき渦巻くような行送りなんてことをしていて、これは横書きでやりたかったことなのか?、と思ったけど。
私小説」このタイトル、先に読んでしまった「本格小説」と呼応する。私小説を書こう、としての「私小説」なのだ。幼い頃に父の仕事でアメリカに渡った一家。それから20年。アメリカで育ち、それでもいつかは日本に帰るのだと信じ続け、日本人であることに縋り続け、30過ぎまで何か頑なに孤独に生きてきてしまった大学院生の「私」と、マンハッタンのロフトで暮らす彫刻家である頼りない姉との会話…長電話が小説を進めていく。その会話であったり、思い出の教師の言葉だったりに、英語がふんだんに鏤められる。ワタシでナントカ読めるくらいなので、それほど大変なことにはなっていないけれど…でも時間かかったな。
 描かれるのは拠り所のない家族像。「アメリカ」で長く暮らすことになった「有色人種」の「日本人」の「独身」の「女性」の抱く思い。移民の時代でもなく、ここ最近の留学ブームでもなく…恐らく70年代から90年代くらいの、アメリカ。濃いですよ。そしてホントかなり私的ですよ。女性的でもあるな。恵まれていた自分の環境を冷静に分析してみせるけれど、それでも「アメリカ」で抱えた闇を吐き出さずにはいられず、甘える自分にいらだちを覚え。そしてこの時代にそこにいた人間にしかわからないであろう思いを、綴る。そういう意味では一方通行的かも。いいのかな。私小説、だから。