本格小説/水村美苗

本格小説(上) (新潮文庫) 本格小説(下) (新潮文庫)
物語は3人の語り手によって紡がれる。
まず、作家水村美苗の一人称による「本格小説の始まる前の長い長い話」というタイトルの序章。アメリカで過ごした少女時代の「東太郎」との関わりが語られます。「私」は成長し、小説家となり、アメリカの大学で教えたりもするようになります。
大学に「東太郎と知り合いだった私」を訪ねてきたのは日本の出版社で働いていた青年、加藤祐介。今度は彼が、夏の軽井沢での東太郎と土屋富美子との出会いを語ります。ここは三人称。
その加藤祐介の話の中で、土屋富美子が語る形式をとるのがこの小説の柱となる「本格小説」な部分と言えばいいのか?ここで、東太郎が主人公となるわけです。戦中戦後の日本を舞台に、育ち、家柄、社会、時代に鼓舞され翻弄された人間たちの悲しくも美しくもあるものがたり。別荘地の優雅な暮らしや、戦後の引き揚げ者たちの貧しさ、アメリカで成功するということ、町工場の描写から日本の高度成長、不器用なヒロインにいらいらしたり…etc. かなり濃密な小説です。タイトルに恥じない中身であると思う。大作。面白かった。三日くらい前に読み終えたのだけれど、暫く余韻に浸ってしまった。

この入れ子形式は、作者が愛読し、これぞ「本格小説」と目していたE.ブロンテの「嵐が丘」を意識していることから。と本文中にも匂わされている。「嵐が丘」、ちょうどつい最近、この邦訳についての話を友人としていたところだったので、ちょっと調べてみたら、2000年入ってから新潮文庫岩波文庫で新訳が出ているのだな。そしてどちらも賛否両論。ちょっと興味を持ち。以前読んだのは10年以上前のことだ。今度本屋で探してみましょう。